「七福神」と「七難即滅七福即生」とは仏教用語わかりやすく説明シリーズ
七福神と七難即滅七福即生の用語ついて説明いたします。
また七難即滅七福即生については各経典別の解釈も説明いたします。
この用語のポイント
- 七福神とは?
- 七難即滅七福即生ってなに?
「七福神」と「七難即滅七福即生」
お寺や神社には、さまざまな仏・菩薩・神が祀られています。
日本は、多神教の文化であり、「八百万(やおよろず)の神々」といわれるほどに、たくさんの仏や神が存在しています。
なかでも、「七福神」は多くの功徳をもたらすとして有名であって、〝七福神まいり〟や〝七福神スタンプラリー〟などがあって、御朱印集めとともに、参詣される方も多いでしょう。
七福神って何?
福徳(幸せ)や長寿(長生き)の神さまとして祀られ、民間信仰として、全国的に広く伝承しています。この7人は、それぞれが特徴あるものを持っていることは、とても興味深いです。
- 恵比寿(えびす)鯛と竿を持っています
- 大黒天(だいこくてん)宝袋と小槌を持っています
- 毘沙門天(びしゃもんてん、多聞天ともいう)宝塔と鎗を持っています
- 弁財天(べんざいてん、弁天ともいう)女形で、琵琶をもっています
- 福禄寿(ふくろくじゅ)短身長頭で、美髯を貯えています
- 寿老人(じゅろうじん)白髪白髯で、長杖の先に巻軸を掛け、神鹿を従えています
- 布袋(ほてい)肥満大躯胆で、大袋を抱え芭蕉扇を持っています
毘沙門以外の6人は、福徳円満な柔和相であります。
大黒天・毘沙門天・弁財天の3人は、仏教の天部(十界のうちの天上界)に属しています。
また、恵比須は、西宮蛭子神に由来します。さらに、寿老人・福禄寿・布袋は、道釈画(道教と仏教に関する人物画)が日本に伝わり、『仁王般若波羅蜜経(にんのうはんにゃはらみつきょう)』の「七難即滅七福即生」の説に基づいて、合わせられたといわれています。
仏教に限らず、神道や道教の影響も受けておりますが、それらが古来からの日本文化と融合した結果といえましょう。
七難即滅七福即生
お寺で、祈祷や祈願を受けられた際に、耳にされたことがある方もいらっしゃると思います。
「七難即滅七福即生(しちなんそくめつしちふくそくしょう)」と読みまして、七難がすぐに消滅し、同時に、七福がすぐに生産されることをあらわしている一節です。
七難
七つの難も、経典によって、いくつかの解釈がことなりますので、主なものを挙げることとします。
※『仁王般若波羅蜜経』
- 日月失度(にちげつしつど)の難
- 星宿失度(せいしゅくしつど)の難
- 災火(さいか)の難
- 雨水変異(うすいへんい)の難
- 悪風(あくふう)の難
- 亢陽(こうよう)の難
- 悪賊の難
※『薬師瑠璃光如来本願功徳経(やくしるりこうにょらいほんがんくどくきょう)』
- 人衆疾疫(にんしゅしつえき)の難
- 他国侵逼(たこくしんぴつ)の難
- 自界叛逆(じかいほんぎゃく)の難
- 星宿変怪(せいしゅくへんげ)の難
- 日月薄蝕(にちげつはくしょく)の難
- 非時風雨(ひじふうう)の難
- 過時不雨(かじふう)の難
※『陀羅尼集経(だらにじっきょう)』
- 王難
- 賊難
- 水難
- 火難
- 羅刹難
- 荼枳爾難
- 毒薬難
※『妙法蓮華経』観世音菩薩普門品
- 火難
- 水難
- 羅刹難
- 刀杖難
- 鬼難
- 伽鎖難
- 怨賊難
このようにして見てみると、七難にも幾多の解釈があることが理解できます。
太陽や月などの天体異常、大雨や日照りなどの自然災害、国内の政治の乱れという内政の問題、他国からの侵略を受けるという外交的な問題など、7つの難といえども、多種多様であることが窺えるでしょう。
お寺でお経などを聞くと、「七難」と耳にすることもあるでしょうが、そこには広い解釈があります。
具体的にどの7つの難と定めることは難しいのでしょう。つまり「七難」とは、私たちの身の回りから、ひいては、国家に関わるような大きな難までのあらゆることが、消滅することを目的として、読まれているのです。
七福
先にも述べた如く、「七難即滅七福即生」とありますので、七難を滅するように祈るとともに、七福がおとずれるようにも祈るわけです。
七福には、2種の解釈が見られます。
①七難が消滅することこそが、逆説的な意味で、七福とすること
②『仁王経疏』
- 悪童鬼を鎮める徳
- 人の求めを遂(と)げる徳
- 輪正意珠の徳
- 竜甘雨を降らせる徳
- 光天地を照らす徳
- 一切諸仏法等を出生する徳
- 一切国王無上の法等を出生する徳
七福も、具体的内容を示す場合と、七難が消滅した状態を指す場合とがあります。いずれにしても、難が去り、福が生まれる生活が望ましいことをあらわしているのでしょう。
「七福神」と「七難即滅七福即生」のまとめ
日本人になじみ深い「七福神」を解説し、「七難」と「七福」について紹介しました。
私たちは、誰もが安穏なる世界を求めます。ですが、自然災害や内政・外交の問題などは、いずれも「難」として受け止められたのであり、経文に示されていることから、2500年前のインドでも、現代同様の悩みや課題(=難)を抱えていたことが読み取れます。
みんなが幸せであるには、ひとりひとりが難を滅するような努力と、福をもたらすような努力が必要不可欠です。
そして、そこには、仏教修行も、必要となってきます。
ひとりひとりが、みんなが住みよい安穏なる世界の実現に努めていきたいと考えます。(康)