コラム

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コラム19

【コラム】「最後の仕事だ!しっかりやれよ!」


コラム19

講義で学べるポイント!

葬儀における「喪主」とはなにか?

そして、喪主をたてることは、なにを意味するのか?

先日、御縁のある方が亡くなったとの連絡を受け、葬儀を執り行ってもらいたいとの依頼から、枕経へと出向いた。
御遺体に対し読経をさせていただき、遺族や葬儀担当者と共に、日程等の打ち合わせをすることになった。
田舎のことではあるが、枕経とそれに続く打ち合わせには、地域の「長(おさ)」のような人物も同席をすることが多く、その人物が葬儀委員長となり、遺族へのアドバイスをおこなうこともある。
今日のコラムでは、その人物と遺族との対話を聞いて、私が感じたことを記しておきたい。

ちょっと頼りない長男

今回は、80歳の御主人が亡くなった。故人の奥さんは「息子に喪主を…」とのこと。
しかし、その息子は「えーーー俺が?!」と言う。
そして、母と息子でどちらが喪主をやるのかを揉めていると、それまでに黙っていた「長」が一言。

長男なのだから、お前がやりなさい。喪主を務めるというのは、最後の親孝行だ。お前は、今まで父ちゃんにさんざん迷惑をかけてきたのだから、最後ぐらい一生懸命にやれ。喪主というのは、この家をこれから自分が守っていくという決意表明でもあるのだから。

私は、大変に深い指南であると感じた。宗教者が、遺族にいろいろと申すこともあるが、その場にいた「長」が発言するのは、また違った意味で重いものである。

むすびにかえて

喪主というのは、ある意味で最後の親孝行という指南は、その通りかもしれない。仏教的に考えれば、両親への供養はいつまでも続けていかなければならないが、ひとつの区切りとしては、喪主を務め、亡き親の葬儀を滞りなく執り行うことは、親へのこの上なき孝養でもあろう。
そして、社会的な意味合いからは、喪主というのは節目ごとに参列者に挨拶をすることになり、当家のこれからを守っていくことを公表する場でもある。
「家族葬」が増える昨今、喪主を設けずに静かに送ることを否定はしないが、喪主の意義を通して、家の繁栄や地域への表明を考えさせられた次第である。

親が生きているときに、共に歩むのも親孝行。
親の葬儀を、円滑に執り行うのも親孝行。
親の亡き後に、供養を続けていくのも親孝行。