コラム

#01

所要時間3分

苦しみの中にこそ


ある出来事をきっかけに苦しみについて考えてみました。

講義で学べるポイント!

  • 一切皆苦の意味
  • 身口意による善業をつむ大切さ

苦しみの中にこそ

先日、ある檀家さんから「毎日することがなく、つまらない」「体も思いどおりにいかないし、早く迎えに来て欲しい」と言われました。

私は冗談で言っているようには聞こえませんでした。

「そんな事言わないでくださいと、きっと良いことありますから、もし何かあったらお寺を頼ってくださいね」という風に必死に私は答えたのですが僧侶として、また個人として何もしてあげることが出来ず、もやもやしていました。

この人に対して何か仏教の教えから少しでもポジティブになってもらうことは出来ないのか?

そんな疑問が頭を離れませんでした。

1つの言葉が目に飛び込んできました。

そんな中、飛び込んできた言葉が四法印の1つでもある「一切皆苦」という言葉です。

私はこの言葉はとてもネガティブな印象を持っていました。

全てのものが苦しみなのか??

また自分の体験との乖離も大きかったです。

しかし、この「一切皆苦」の解釈が間違っていることがわかりました。

皆苦というのは全て苦しみ。という意味ではなく。

「全て思いどおりにいかない。」という意味なのです。

つまり、私達人生は全てのことが思いどおりにいかない。

だからといってそれが必ずしも苦しみに繋がるとは限らない。

それがこの一切皆苦の本当の意味だったのです。

また、この言葉は仏教の優しさの言葉でもあると思います。

つまり、自分がしんどくて辛いかもしれないけれども、それは自分だけではなくみんな同じように思いどおりにいっていない。

自分だけが不幸などと思う必要はない。

そんな意味が込められているのです。

自業自得

では、そんな人生をどのように過ごしたら良いのでしょうか?

仏教ではより幸せになる確率が上がる方法を示しています。

まず仏教は因果をその教えの根本とします。

つまり、全ての現象(結果)には原因がある。ということです。

今この人間界に生きているのは、前世の行いが原因となった結果なのです。

そして、その行いによる原因のことを「業」といいます。

自業自得という言葉がありますが、私達はよくネガティブな使い方をします。

例えば、勉強していなくてテストの点数が悪かった。

点数が悪かったのは自分が勉強していなかったからだ。

それは自業自得だ。

という使い方です。

自分が勉強していないとう行動の原因、つまりその悪業が点数が悪いという結果をうむのです。

この自業自得という考えが、ヒントになります。

つまり、シンプルに良い業を積むと、良い結果になるということです。

身口意の三業

そこで、仏教ではその業について3つの分類がなされています。

それが身口意の三業です。

身は身体の身です。つまり行動がともなった業のこと。

相手を叩いたり、勉強しなかったり…それらが身の業となって結果を導きます。

次に口の業

これは言葉のことです。

口は災いのもとといいますが。

言葉にするとそれが業になります。

次に意の業。

これは心で思うことです。

「嬉しいな」と思うとそれが善い業になり

「やだな」と思うとそれが悪い業になります。

これら身口意の業を少しでも善業に変えていくことが重要なのです。

苦しみの中にこそ

私達は、全てのものが思いどおりにいかないのです。

そんな人生だからこそ、見方を変えて、今生きていることに感謝し。

悪業を善業に変えていくことで、きっと人生がもっと楽しく変わっていくのです。